音源紹介

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邦楽の近代 ―義太夫節を中心に―

京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター非常勤講師・大西秀紀


 日本の伝統音楽は何百年もの間、その姿を変えずに今日まで伝わっていると一般に思われがちである。しかし明治期の録音を聴くと、その発声や演奏のテンポが現代のものと大きく違っていて、戸惑ってしまうことが少なくない。このような演奏の変化は急に起こったわけではなく、歴史の時間軸に沿いながら何代もの伝承を経て、今日の姿に至っていると考えられる。その中で社会の仕組みや人々の生活や考え方が大きく変化した近代は、伝統音楽の演奏形態もとりわけ大きく変化した時代といえるのではないだろうか。

 音声資料は、このような文献だけではうかがい知ることが出来ない演奏形態の変化を今日の私たちに教えてくれる。国立国会図書館デジタル化資料の「歴史的音源」に蓄えられている音源は、レコード会社や録音された時期が必ずしも網羅的とは言えないため時系列で変化を追うことは難しいが、ここでは人形浄瑠璃の骨格を成すともいえる義太夫節と、歌舞伎音楽として発達した長唄を中心に代表的な演奏家を選んで、それぞれの芸風を眺めてみたい。

(画像は大西氏の提供による)

1 義太夫 壷坂寺/三世竹本大隅太夫〈浄瑠璃〉、三世豊沢団平〈三味線〉、豊沢仙之助〈ツレ〉:コロムビア(戦後)、昭和25(1950)年8月(初出:シンホニー、明治43(1910)年5月)、商品番号(レコード番号)A1002~A1003

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 明治期の名人三世竹本大隅太夫(1859-1913)の録音である。大隅は情味ある写実表現にすぐれ、また無類の芸熱心でも知られた。この『壷坂霊験記』は大隅の当たり芸とされていて、以後義太夫節の人気曲のひとつとなった。三味線の団平は三世で、名人の誉れ高い二世ではないが手堅い演奏である。特に段切の萬歳の足取りなどは幸福感に満ちている。大隅が日本蓄音器商会(日蓄)に残したこの「壷坂寺」と「堀川猿廻し」は現在でも比較的よく目にする盤で、昭和に入ってからもコロムビアレーベルで何度も再発売された。

→『義太夫 壷坂寺』を聴く

2 義太夫 三勝半七(酒屋の段)/六世竹本土佐太夫〈浄瑠璃〉、七世野沢吉兵衛〈三味線〉:キング(戦前)、昭和11(1936)年9月、商品番号(レコード番号)12009~12010

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 六世竹本土佐太夫(1863-1941)は美声の艶物(注1)語りとして知られ、三世津太夫、二世古靱太夫とともに、昭和初期の四ツ橋文楽座の三巨頭と称された。この盤は引退直前の録音で必ずしもその真価を伝えるものではないが、「艶姿女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ) 酒屋の段)」のサワリという義太夫節で最もポピュラーな一節を、崩すことなく品良く語っているのはさすがである。六世土佐はレコードの少ない人で、後述の津・古靱のように一段丸ごとの録音のないのが惜しまれる。

注1:艶物(つやもの):義太夫節の用語で、庶民の生活を描いた世話物のうち、艶めいた男女の情事を主題とした浄瑠璃をいう。美声の太夫ののどを聞かせるのに適した出し物。

→『義太夫 三勝半七(酒屋の段)』を聴く

3 義太夫 伊賀越道中双六(沼津里東路の段-平作内の段-平作腹切の段)/三世竹本津太夫〈浄瑠璃〉、六世鶴沢友次郎〈三味線〉、三世鶴沢友之助〈ツレ〉、鶴沢友駒〈胡弓〉:コロムビア(戦前)、昭和5(1930)年5月、商品番号(レコード番号)35087~35098

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 三世竹本津太夫(1869-1941)はスケールの大きい豪快な語り口で知られ、1924年から御霊文楽座の紋下(注2)を勤めた。多くのレコードを残したが、とりわけこの伊賀越道中双六「沼津の段」は六世友次郎(1874-1951)の三味線や録音の良さが相俟って、義太夫節レコード中の名盤のひとつに挙げられる。人形浄瑠璃文楽を理解する上で浄瑠璃に馴染むことは必須だが、このレコードは世話物浄瑠璃の教材としてうってつけである。

注2:紋下(もんした):櫓下(やぐらした)とも。人形浄瑠璃用語。番付の劇場の紋の下に記された名前から起こった言葉で、浄瑠璃人形芝居の総座頭に当たり、一座を統率する権威と義務が伴う。現在の文楽にはない。

→『義太夫 伊賀越道中双六』を聴く

4 義太夫 安達原三段目/二世豊竹古靱太夫〈浄瑠璃〉、三世鶴沢清六〈三味線〉: ニッポノホン、大正6(1917)年5月、商品番号(レコード番号)838~843

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 二世豊竹古靱太夫(1878-1967、後の豊竹山城少掾)は昭和期を代表する太夫で、巧みな音遣いと理知的な語り口による正確な浄瑠璃には定評があった。大隅・土佐・津の演奏スタイルが江戸-近代を偲ばせるものとすれば、古靱のそれは現代の浄瑠璃の在り方を示しているといえよう。今日の文楽とその観客に与えた影響は計り知れない。「歴史的音源」には四世清六(1889-1960)とのビクター盤が多数含まれているが、ここでは名人といわれた三世清六(1868-1922)との録音(未復刻)を挙げた。太夫主導のビクター盤と異なり、三世清六の三味線とがっぷり組んだ若き日の古靱の浄瑠璃に注目したい。

→『義太夫 安達原三段目』を聴く

5 義太夫 奥州安達原/二世豊竹つばめ太夫〈浄瑠璃〉、野沢勝市〈三味線〉:ビクター(戦前)、昭和4(1929)年1月、商品番号(レコード番号)50906~51039

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 二世豊竹つばめ太夫(1904-1969)は二世古靱太夫の高弟で、後に八世竹本綱大夫として戦後の文楽を支えた太夫の第一人者である。行き届いた作品の解釈や理知的・現代的な語りには定評があり、稀曲や近松物の復曲にも情熱を注いだ。この録音時のつばめは25歳で、その完成度の高さにあらためて驚かされる。綱大夫時代の録音はLPに数多く残っているが、つばめ太夫時代の録音は全く復刻されていない。幸い「歴史的音源」には多数納められているので、このレコード以外にも是非チェックしていただきたい。

→『義太夫 奥州安達原』を聴く

6 長唄 勧進帳/六世芳村伊十郎〈唄〉、三世杵屋栄蔵、杵屋栄二〈三味線〉:ニッポノホン、大正14(1925)年7月、商品番号(レコード番号)15709~15013

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 これまでは義太夫節を取り上げたが、唄物の代表といえる長唄の演奏形態も近代に大きく変化したといえる。六世芳村伊十郎(1859-1935)は明治~昭和初期に活躍した長唄界の第一人者で、古くは九世団十郎の立唄も勤めた。近世の江戸長唄を近代に伝えた名人である。このような力強い長唄は、もう耳にすることはできないだろう。伊十郎は「勧進帳」を各社に何度も録音したが、これは1925年発売のもの。

→『長唄 勧進帳』を聴く

7 長唄 鳥羽の恋塚/四世吉住小三郎〈唄〉、二世稀音家浄観〈三味線〉:コロムビア(戦前)、昭和17(1942)年5月、商品番号(レコード番号)4622~4625

 四世吉住小三郎(1876-1972)と二世稀音家浄観(1874-1956)は1905年に長唄研精会を結成し、長唄を劇場音楽から家庭音楽として普及させることに尽力した。彼らの演奏は旧来の歌舞伎の演奏家にも影響を与え、結果的には近・現代の長唄のみならず、端唄、小唄や俗曲などを含む唄物全般の演奏形態を方向付けたのではないだろうか。

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→『長唄 鳥羽の恋塚』を聴く

8 新邦楽 陣営の月/邦楽研究会、山田抄太郎〈三味線独奏〉、三浦智恵子〈独唱〉:ビクター(戦前)、昭和12(1937)年12月、商品番号(レコード番号)J-54186~J-54187

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 これは長唄研精会を脱退し、本名で活動するようになった若き日の山田抄太郎(1899-1970)の作品。トレモロ奏法を多用した洋楽寄りの三味線合奏曲だが、今日の耳には女声を加えたマンドリン合奏のように聞こえる。しかし当時は長唄の可能性を追求した、斬新な作品だったのではないだろうか。この頃山田は同様の手法で、「愛国行進曲(ビクターA5)」「愛馬進軍歌/大和音頭(ビクターJ-54534)」などを発表している。

→『新邦楽 陣営の月』を聴く

9 維新勤王・山国隊軍楽/京都山国隊楽士,藤野卓弥〈指揮〉,水口孝二〈隊長〉:ビクター(戦前)、昭和3(1928)年12月、商品番号(レコード番号)50450

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 これは義太夫節でも長唄でもないが、珍しいレコードなので、最後に紹介する。幕末・維新を描いたドラマで、官軍の鼓笛隊が演奏する、いわゆる「維新マーチ」や「宮さん宮さん」の唄を耳にされたことのある方は多いと思うが、これは昭和天皇の御大典を記念して録音されたもの。山国隊は幕末に京都府丹波山国で組織された農兵隊で、戊辰戦争に従軍したが鼓笛隊も有していた。そして維新後に帰郷した鼓手たちが地元に演奏法を伝え、現在も山国隊軍楽保存会に受け継がれている 。

→『維新勤王・山国隊軍楽』を聴く

参考資料

  • 奥中康人.幕末鼓笛隊 土着化する西洋音楽.大阪大学出版会.2012.254p
  • 大西秀紀. "SPレコードレーベルに見る 日蓄‐日本コロムビアの歴史" .京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター. 2011-06-216.  http://w3.kcua.ac.jp/jtm/archives/gallery/1008ohnishi/index.html,(参照 2013-02-20)
  • 国立劇場. "舞台芸術教材で学ぶ 文楽""舞台芸術教材で学ぶ 日本の伝統音楽".  文化デジタルライブラリー. http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/learn/, (参照 2013-03-06)

(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター非常勤講師・大西 秀紀・おおにし ひでのり)

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