音源紹介

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寄席話芸のSPレコード

大衆芸能研究家/SPレコード収集家・岡田則夫


 SPレコードに吹き込まれた主な寄席演芸の語芸には、落語、講談、漫才、漫談がある。これらの演芸は、レコード会社にとって商品として重要な種目だった。落語レコードは落語家一人でことたりるので録音経費が安上がりで、しかも流行歌などと違って内容が流行に左右されず、一度録音しておけば再プレスを重ねて息長く売ることができる商品寿命の長い安定した商品だった。

 日本にまだレコード会社がなかった時代は、外国のレコード会社による出張録音が行われた。その初めは明治36年2月、英国グラモフォンによる録音である。技師と共に録音機材を日本に送り込み、録音をした原盤を本国に持ち帰り、レコードの形にプレスして、それをまた日本に輸出した。こういうやり方を出張録音といい、できたレコードを出張録音盤という。落語は日本で最初にレコードが吹き込まれた時から戦後まで、ほとんどのレコード会社から発行されている。

 出張録音盤には四代目橘家圓喬たちばなやえんきょう、四代目橘家圓蔵たちばなやえんぞう、初代三遊亭円遊さんゆうていえんゆう桂文三かつらぶんざ、初代柳家小せん、快楽亭ブラックらの明治期に活躍した落語家の貴重な録音が残された。今からすれば不完全な録音であるが、声質や語り口調の特色などがよく分かる。なお、三遊亭円朝さんゆうていえんちょうは明治33年8月11日に亡くなっており、数年の違いでレコード吹込みに間に合わなかった。

 筆者の調べでは、SP時代にレコードを残した落語家はおよそ180人にのぼる。レコードを吹き込んだ数が多い人気落語家は、明治大正時代では三代目柳家小さん、昭和時代では柳家金語楼やなぎやきんごろう柳亭芝楽りゅうていしばらく(七代目春風亭柳枝)、三代目三遊亭金馬さんゆうていきんば柳家権太楼やなぎやごんたろう、七代目林家正蔵、六代目春風亭柳橋しゅんぷうていりゅうきょう昔々亭桃太郎せきせきていももたろう、上方ではなんといっても初代桂春団治がずばぬけて多く、次いで立花家花橘たちばなやかきつ笑福亭枝鶴しょうふくていしかく(五代目笑福亭松鶴)である。

 表裏約6分の制約があるSP盤に無駄を省略してきっちりとまとめる技量のある、三代目三遊亭金馬、柳亭芝楽(七代目柳枝)、そして上方の初代桂春団治らの落語家はレコード会社から引っ張りだこの売れっ子となった。春団治(昭和9年没)のレコードは没後も再プレスを重ねて売れ続け、戦後にもSPで出ている。

 また、昭和に入ると江戸時代を背景とした古典落語がだんだんわかりにくくなり、話の舞台を現代においた新作落語や改作落語が人気を呼ぶようになり、その旗手であった柳家金語楼は兵隊落語やモダン風俗をテーマにした新作落語で一世を風靡した。

 漫才は明治・大正期、「萬歳」といわれていた「芸尽くし萬歳」の時代から吹き込まれていて、持ちネタの多かった砂川捨丸の盤はよく売れた。昭和に入ってからは「しゃべくり漫才」が生まれ、エンタツ・アチャコやミスワカナ・玉松一郎らがもてはやされた。東京の漫才は東喜代駒が元祖と言われ、さらりとした芸風のリーガル千太・万吉が老若男女から歓迎された。

 講談は長講が多いのでSP盤両面6分に収めるのが難しく、レコード向きではなかったので、レコードにはあまり多く吹き込まれていないのは残念なことである。

 また、寄席演芸以外の大衆的な話芸として映画説明がある。これも、レコード用に構成されて多数発売されている。無声映画がトーキーとなった後は、流行歌の合間を映画説明調の台詞でつなぐ「歌謡説明」というレコード独特の話芸を生み出した。泉詩郎はその一人者であった。

 漫談は昭和になって生まれた新興の演芸で、映画説明者から漫談師に転向した徳川夢声、大辻司郎、山野一郎、西村楽天、井口静波らが吹き込んでいる。斬新なネタが持ち味だった。大衆的な話芸にはそのほかバスガイドによる観光地の「名所解説」や大道紙芝居などがレコード化されている。

1 三代目柳家小さんの「かつぎや」(ニッポノホン・商品番号319,320)

 三代目小さんは明治、大正時代の滑稽落語の名人である。夏目漱石は、「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである」と『三四郎』の中で述べている。 この噺は、おめでたいお正月に、人一倍縁起かつぎの呉服屋の主人に、使用人の権助が縁起でもないことを次々に言ってしまうお笑い。大正5年の録音である。

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2 初代桂春団治の「いかけや」(テイチク・商品番号2909~2910)

 爆笑王初代桂春団治は800枚近くのレコードを残したレコード王でもある。「いかけや」は、長屋のいたずら坊主たちが鋳掛屋のおじさんをからかうはなし。春団治の十八番である。昭和7年の録音。春団治のレコードを吹き込むレコード会社は、まずこの「いかけや」と「野崎詣り」「へっつい盗人」「喧嘩の仲裁」を吹き込んだものである。

→『いかけや』を聴く

3 三代目三遊亭金馬の「長屋の花見」(コロムビア・商品番号28791)

三代目三遊亭金馬 私の顔・落語.『家庭よみうり』. 1954,368号,p.14 三代目三遊亭金馬
私の顔・落語.『家庭よみうり』. 1954,368号,p.14

 貧乏長屋の連中が花見に繰り出すというおなじみのお笑い。酒の代わりにお茶、かまぼこの代わりに大根のおこうこで花見気分を味わう泣き笑い。昭和11年の発売。金馬の落語は明快な口調でわかりやすく、万人から好まれた。

→『長屋の花見』を聴く

4 柳亭芝楽の「酒と女房」(リーガル・ 商品番号65326)

 この芝楽はのちの七代目春風亭柳枝。「えへっ」とか「えへへ」という言葉を合間にはさんで話す癖があったところから「えへへの柳枝」と言われた人気落語家。「酒と女房」はおなじみの「代わり目」。販売政策上、このようにレコード向きに題名を変えることもよく行われた。

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5 大辻司郎の漫談「JOAK(夜間放送)」(ニッポノホン・商品番号16386)

 大辻司郎は喜劇の映画説明者から転向した漫談家。頭のてっぺんからでるような奇声とおかっぱ頭の独特な風貌で大変人気があった。このレコードはラジオ放送開始まもない昭和2年に発売された。ラジオという新しい文明の利器に注目したところに新しさがあった。アナウンサーがでたらめ放送をするという滑稽である。

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6 砂川捨丸・中村春代「てれくさい」(リーガル・商品番号65346)

砂川捨丸 『芝居とキネマ』.1926,3(11),裏表紙 砂川捨丸
『芝居とキネマ』.1926,3(11),裏表紙

 砂川捨丸は259枚以上のレコードを録音した芸尽し萬歳の大御所である。このレコードは定番もの数え歌である。「恥ずかしい」事柄を歌い込んでいる。昭和8年の発売。捨丸はほかに、無理問答、かんかん問答、しんしん問答、謎かけなどの問答類や、各地の民謡、芝居のもじり、阿呆陀羅経、滑稽お経、滑稽詩吟など彼が吹き込んだ演目は、まさに萬歳の百科全書である。

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(大衆芸能研究家/SPレコード収集家・岡田則夫・おかだ のりお)

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