音源紹介

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※本文中の【館内限定公開音源】は、国立国会図書館および歴史的音源配信提供参加館で聴くことができます。



レコードによる浪曲の普及

演芸研究家・布目英一

 明治後半から昭和の半ばまでの五十年余りの間、浪曲は全国津々浦々で熱狂的に愛好され、芸能の王者と呼ばれた。その普及はレコードによるところが大きい。

 明治33年頃から浅草寺の境内には参詣客に音を聴かせる蓄音器屋が出ていた。この蓄音器はロウ管蓄音器といい、機械に直結したゴム管が十数本下がっている。それぞれの管の先端は二股に別れて聴診器のようになっており、これを両耳にかけて聴く。浪曲が黄金期を迎えた明治四十年代には浪曲の人気者の名が、まわりを赤く塗った何枚もの紙に書かれ、風にヒラヒラひるがえっていたという。ただし、蓄音器から聴こえる声は本人である場合もあれば、別人が何人もの声をものまねしたものである場合もあったようだ。

 円盤レコードの日本での初吹込みは明治36年に築地のホテル・メトロポールで行われ、浪曲は初代浪花亭愛造が吹き込んだ。その後、桃中軒雲右衛門や吉田奈良丸といった浪曲師の人気上昇により、浪曲が黄金時代を迎えると、有名、無名の演者を問わず、多くの浪曲師が吹込みをした。

 落語や講談が東京や大阪といった都市の芸として発展したのに対し、はやり唄などを種々雑多に取り入れて成立した浪曲は北海道から九州まで農村、漁村、都市部を問わず、幅広い人気を得た。大正末のラジオ出現以前はレコードが浪曲人気の火付け役となり、レコードで売れてから全国巡業を始める演者も現れた。

 また節とセリフ、説明から成り立つ浪曲は物語を区切りやすかったようで、初めはSP盤の片面3分程の録音だったものが、裏表となり、さらに二枚組、三枚組、四枚組なども作られる。四枚組であれば、25分を越える内容が収録できる。このようにしてレコードによる人気演者が黄金期には輩出した。

1 桃中軒雲右衛門「赤垣源蔵徳利の別れ」(一)~(四): コロムビア、1935年、 商品番号(レコード番号)28600~28601

桃中軒雲右衛門桃中軒雲右衛門
『浪花節名鑑』全国浪花節奨励会編, 1924, p.1.

 浪曲中興の祖と呼ばれる人物。力強い節づかい、特に息継ぎをしないで一呼吸で唄い続けているように思える「三段返し」の唱法で人気を集めた。「忠臣蔵」の名で知られる「赤穂義士伝」を十八番とし、浪曲の代表演目とした立役者の一人。
  「赤垣源蔵徳利の別れ」は吉良邸討ち入りの直前に義士の一人赤垣源蔵が兄に別れを告げようとするが、不在のため、兄の羽織の前で持参の酒を飲み、別れを惜しむ。明治44年の吹込み。

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2 吉田大和之丞(二代目吉田奈良丸)「大高源吾」(一)~(四): コロムビア、1930年、商品番号(レコード番号)25870~25871

二代目吉田奈良丸吉田大和之丞(二代目吉田奈良丸)
『浪花節名鑑』全国浪花節奨励会編, 1914, p.49

 浪曲の父と呼ばれ、雲右衛門と人気を二分した。優美な節まわしと文章の分かりやすさから女性や子供にまで人気を得た。レコードの売り上げは雲右衛門をしのぐ。
 「大高源吾」は吉良邸の様子を探るため、年末のすす払いに使う笹竹売りとなった源吾が両国橋で俳諧の師匠である宝井其角と会い、討ち入り決行を俳諧に詠み込む。この演目で使われている節を大和郡山の芸者栄菊が唄い、「奈良丸くずし」としてレコード化もされ、大流行した。
  昭和4年に弟子の一若が三代目奈良丸となり、二代目奈良丸は大和之丞を名乗った。

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3 東家楽燕「南部坂雪の別れ」(一)~(四): コロムビア、1929年、商品番号(レコード番号)25548~25549

東家楽燕東家楽燕
『レコード音楽技芸家銘鑑』昭和15年版, レコード世界社, 1940, p.273.

 大正半ばから昭和の初めにかけて活躍。雲右衛門や奈良丸の次の世代のスター。雲右衛門に傾倒し、桃中軒雲太夫を名乗ったこともあった。それゆえ、雲右衛門の節を踏襲している。
 「南部坂雪の別れ」は大石内蔵助が吉良邸討ち入りの直前に浅野内匠頭の夫人瑶泉院に討ち入り決行の決意を伝えようとするが、不審な女中がいたため、真意を打ち明けずに暇乞いをする。

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4 二代目東家楽遊「小松嵐」(上)(下): ニッポノホン、商品番号(レコード番号)2251~2252

 都新聞に連載されていた渡辺黙禅の小説「小松嵐」を浪曲化して人気を得た。浪曲で描かれているのは、花屋という宿屋で酌婦奉公を拒む馬子のお時が裸にされて水を浴びせられ叩かれている場面。それを勤王の武士小松龍三が救い出す。
  ニッポノホンは日本蓄音器商会のレーベルだが、楽遊の「小松嵐」は十年もの間、この会社で一番の売り上げを誇ったという逸話が残る。

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5 篠田実「紺屋高尾」(一)~(八): コロムビア、1933年、商品番号(レコード番号)27260-27263

 元来は義士伝で売れた浪曲師。専属のヒコーキレコードの吹込みもその類が多かった。何か目先の変わったものをと言われて吹き込んだのが落語ネタの「紺屋高尾」だったが、発売には至らなかった。ところが関東大震災が起き、会社の経営が傾いたため、ストックしておいたこの演目が売り出された。すると、これが大ヒットし、新しい社屋が建つほどの売り上げを記録したと伝わる。ヒコーキレコードがコロムビアに合併後も、篠田実は会社の重位を占めた。
 実が舞台に上がると、別の演目を演じようとしても、必ず客席から「紺屋高尾」のリクエストが起こり、別の演目がまったくできなくなったという逸話も残る。

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6 初代春野百合子「高田の馬場」(一)~(四): ビクター、1929年、商品番号(レコード番号)50786~50787

初代春野百合子初代春野百合子
『浪花節名鑑』全国浪花節奨励会編, 1924, p.87.

 大正から昭和の初めにかけて女流の第一人者の一人として関西、関東で活躍した。舞台に品格があり、美貌と愛嬌は浪曲界一といわれた。美声である上に節づかいやセリフ、口調も達者。迫力のある芸の持ち主。
  「高田の馬場」は赤穂義士の一人、堀部安兵衛の若き日の物語。安兵衛は婿入り前、中山姓を名乗っていた。叔父の敵である村上兄弟ら十八人を倒すために、八丁堀から高田馬場へと駈け付け、見事に曲斬りを果たす。

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7 寿々木米若「佐渡情話(佐渡おけさ節入)」(一)~(四): ビクター、1930年、商品番号(レコード番号)V40642~40643

寿々木米若寿々木米若
『レコード音楽技芸家銘鑑』昭和15年版, レコード世界社, 1940, p.278.

 米若は昭和になってからのスター。二代目広沢虎造と人気を二分した。音吐朗々たる声と節に魅力がある。
 「佐渡情話」は恋人との仲を割かれ、正気を失った女性を日蓮上人が経文を念じて助ける物語。民謡「佐渡おけさ」を取り入れたところに新鮮味があり、米若の代表作となった。

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8 二代目広沢虎造「森の石松(三十石道中)」(一)~(四): テイチク、商品番号(レコード番号)1506~1507

二代目広沢虎造二代目広沢虎造
『浪曲入門』, 鶴書房, 1955, 口絵ページ.

「森の石松(三十石道中)」は長編浪曲「清水次郎長伝」の一場面。次郎長親分に讃岐の金毘羅様にお礼参りに行くよう命ぜられた森の石松が代参をすませて淀川を上る三十石舟に乗る。江戸っ子との軽妙なやり取りが楽しく、浪曲を代表する一席となった。「飲みねえ、食いねえ」「江戸っ子だってね」「神田の生まれよ」「馬鹿は死ななきゃ治らない」といったことばはこの演目から生まれ、いずれも流行語となった。また虎造は映画にも出演し、人気映画スターの仲間入りも果たす。

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9 春日井梅鴬「赤城の子守唄」(一)~(八): ポリドール、商品番号(レコード番号)9501~9504

 国定忠治の子分の浅太郎は、忠治の誤解から叔父を殺し、幼い甥っ子を育てることとなる。忠治も誤解と分かり、泣きやまぬ幼子を抱きながら悔やむ。この心情を歌った東海林太郎の歌謡曲「赤城の子守唄」が大ヒットしたのを受けて、浪曲にアレンジしたのがこの作品。新人の梅鴬がレコードに吹き込んだところ、これも大ヒット。この一作で梅鴬は一躍、人気浪曲師となった。
 だれもが真似をしやすく、分かりやすい、リズミカルな節調を男性的な声で唄いあげ、聴く者の胸に迫る切々たる哀しみを伝えている。

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10 二代目天中軒雲月「杉野兵曹長の妻」前篇(一)~(四)、後編(一)~(四): テイチク、商品番号(レコード番号)50182~50185

二代目天中軒雲月二代目天中軒雲月
『レコード音楽技芸家銘鑑』昭和15年版, レコード世界社, 1940, p.280.

 老若男女の声をすべて変えて聴かせる七色の声で人気を得て、初代春野百合子より一世代後のスターになる。
 「杉野兵曹長の妻」は、日露戦争で戦死した杉野孫七の妻が、夫の遺言にしたがって三人の息子たちを立派に育てていくさまを描く。
 この作品の大ヒットにより、母ものと呼ばれる浪曲を雲月は次々に演じていく。伊丹秀子と改名してからもその人気は続いた。

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11 三門博「新版 唄入り観音経」(一)~(八): キング、1941年、商品番号(レコード番号)58045~58048

 小唄や新内の節調を取り入れた軽くてやわらかな節まわしが特色。戦時色が強まった昭和12年に最初のレコード発売が行われる。従来の浪曲からは考えられない楽しい節調が大衆の心を明るくさせ、大ヒットした。
 義賊木鼠吉五郎を描く講談をもとにしており、続編も次々に作られた。

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12 相模太郎「灰神楽三太郎 御祝儀の巻」(1)~(4): キング、1953年、商品番号(レコード番号)CP2211~CP2212

 明るく、おおらかな芸風で一世を風靡した。
 「灰神楽三太郎」は正岡容の作。清水次郎長の子分の中で最もドジで間抜けでおっちょこちょいな子分三太郎が起こす騒動を描く。
 続編も次々と作られ、ラジオでも放送され、映画化もされた。

→『灰神楽三太郎 御祝儀の巻』を聴く 【館内限定公開音源】

(演芸研究家・布目英一・ぬのめ えいいち)

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