音源紹介

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※本文中で紹介する音源は、国立国会図書館および歴史的音源配信提供参加館で聴くことができます。



聴く演劇 ―歌舞伎・新派・新国劇・映画劇・お伽歌劇―

京都市立芸術大学非常勤講師・大西秀紀


 演劇とは観るものであり、聴くためのものではないと思われるかも知れない。確かに歌舞伎やミュージカルを観に劇場へ足を運んだのに、わざわざ目を閉じて舞台で演じられる音を聴くことは普通考えられないだろう。しかしテレビのない時代には、人々は蓄音機やラジオから流れるドラマの台詞や朗読に耳を傾けた。視覚にとらわれない「聴く演劇」は聴き手それぞれの頭の中に様々なイメージを呼び起こし、時には観る以上の感動を与えることも少なくない。「歴史的音源」(以下「歴音」)には、もはや音でしか会えない過去の名優達が残した「感動の素」が数多く収録されている。ごく僅かだが、そのいくつかをご紹介したい。

(レーベル画像は大西氏の提供による)

1 歌舞伎劇 雪夕夜入谷畔道「直侍」(一)~(四)/十五代目市村羽左衛門、四代目尾上松助、他:ニッポノホン、大正10(1921)年11月、商品番号(レコード番号)4561~4564

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 歌舞伎レコードは羽左衛門抜きでは語れない。十五代目市村羽左衛門(1874-1945)は華やかで美しい舞台姿とさわやかな口跡で観客を魅了し続けた人気役者で、歌舞伎界で最も多くのレコードを残したが、このニッポノホンの「歌舞伎レコード」シリーズが初録音という遅いレコードデビューだった。同時に「桐一葉」「江戸育御祭佐七」「与話情浮名横櫛」、翌年1月に「伊勢音頭恋寝刃」「一つ家」「十六夜清心」が発売された。いずれも録音レベルがやや低く台詞が聴き取りにくい憾みは残るが、羽左衛門に加え、六代目尾上梅幸(1870-1934)と四代目尾上松助(1843-1928)の共演が聴けるのは他には替えがたい魅力である。マイクロホンを使わないアコースティック録音のためか、これまでそのほとんどが復刻されなかったが、「歴音」ですべてが聴けるのは実に有難い。

→『歌舞伎劇 雪夕夜入谷畔道「直侍」(蕎麦や返し入谷田圃の場)』を聴く

十五代目市村羽左衛門

十五代目市村羽左衛門 ―『直侍』での片岡直次郎
『劇と映画』1927, vol.5, no.4

六代目尾上梅幸

六代目尾上梅幸(右)―尾上梅幸の栄三郎時代(右)と市村羽左衛門の坂東家橘時代(左)『二人道成寺』
『芝居とキネマ』1925, vol.2, no.1

四代目尾上松助

四代目尾上松助 ―『与話情浮名横櫛 源氏店の場』での蝙蝠安
『芝居とキネマ』1928, vol.5, no.8

2 演劇 双蝶々曲輪日記 引窓(上)(下)/二代目実川延若、中村魁車、三代目浅尾大吉:ニッポノホン、昭和5(1930)年12月、商品番号(レコード番号) 17666

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 〔1〕の江戸歌舞伎に対し、こちらは上方歌舞伎の名盤。二代目実川延若(1877-1951)は初代中村鴈治郎(1860-1935)とともに近代の上方歌舞伎を支えた名優である。極めて広い芸域の持ち主で、とりわけ「雁のたより」「乳貰い」といった上方狂言の和事の演技には他の追随を許さないものがあった。「引窓」の南方十次兵衛も延二郎時代からたびたび勤めたが、ここでも「狐川を左に取り―」の名調子が聴けるのは嬉しい。中村魁車(1875-1945)のお早も当たり役である。
 「歴音」には延若の「引窓」はこのニッポノホン盤と、その再発売のリーガル盤、ヒコーキ盤の計3種類が収録されていて、デジタル化の元になった盤はそれぞれ異なるが内容は同じである。

→『演劇 双蝶々曲輪日記 引窓』を聴く

3 歌舞伎劇 車曳(一)~(四)/六代目坂東彦三郎、七代目坂東三津五郎、三代目市村亀蔵、外囃子鳴物連中:ポリドール、昭和5(1930)年9月、商品番号(レコード番号) 5004~5005

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 カラフルな衣装や隈取り、派手な見得など「菅原伝授手習鑑 車引の場」の舞台は歌舞伎らしさに満ちている。レコードではそんな視覚的な魅力は伝わらないが、少しでも歌舞伎を観たことのある人なら下座音楽や決まり決まりの附け打ちの音で、舞台のイメージを十分膨らませることができよう。七代目坂東三津五郎(1882-1961)は踊りの神様といわれたが、一方で口跡に難があるとされた。しかしこのレコードに聴く梅王丸の力強い台詞は見事である。「車引」のSPレコードは多く6種類を数えるが、この盤を第一に推したい。

→『歌舞伎劇 車曳』を聴く

参考写真:車曳

参考写真:『車曳』の舞台風景
幸四郎の梅王丸 中車の松王丸、鴈治郎の櫻丸――(大阪中座)
『芝居とキネマ』1926, vol.3, no.3

4 歌舞伎 勧進帳(一)~(十八)/七代目松本幸四郎、十五代目市村羽左衛門、十二代目片岡仁左衛門、杵屋六左衛門、杵屋佐吉、芳村伊四郎、杵屋栄蔵、望月太左衛門社中:ニッチク、昭和18(1943)年4月27日録音、商品番号(レコード番号) A-20062~A-20070

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 昭和18年4月29日(天長節)夜の放送用として、同月27日に録音された12インチ盤18面。天長節祝賀番組という事情からか、役者・長唄・囃子のすべてが緊張感と気迫に満ちている。「勧進帳」の全曲録音はビクター盤(昭和15年12月新譜)が現在でも広く知られていて(「歴音」にも収録)、このレコードの配役もビクター盤と同じだが、長唄はこちらが充実している。羽左衛門は口跡にやや老いが見えるが気組みは十分。いずれにせよこんな「勧進帳」に出会うことは、生の舞台ではもうあり得ないだろう。一般発売されなかったレコードなので知る人は少ないが、「歴音」ですべて聴くことが出来る。

→『歌舞伎 勧進帳』を聴く

5 新派 花柳巷談 二筋道/瀬戸英一作、喜多村緑郎、河合武雄、春日とよ喜〈唄〉、春日とよ春〈三味線〉、鳴物連中:キング(戦前)、昭和11(1936)年10月、商品番号(レコード番号) 12002-12003

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 新派は江戸時代からの歌舞伎(旧派)に対し、明治に生まれた新しい演劇という意味から付けられた名称である。従って最初は歌舞伎以外の演劇を指したが、その内次第に新派劇というジャンルが確立され、最終的に現在の劇団新派へ収束したといえる。近代の東京の花街に生きる人物を主人公にした作品に名作が多い。新派も歌舞伎同様女性役を女形が勤めたが、この「二筋道」は喜多村緑郎(1871-1961)・河合武雄(1877-1942)という名優による新派の女形芸の到達点を示している。残念ながら「歴音」には全4面の内の3面までしか収録されていないが、それでも一聴の価値は十二分にある。新派の名盤として喜多村の「婦系図 湯島天神の場」も併せてお聴きいただきたい。

→『新派 花柳巷談 二筋道』を聴く

6 演劇 獅子に喰はれる女(一)~(四)/中村吉蔵作、水谷八重子、柳永二郎、宮嶋啓夫、芸術座音楽部員:ニッポノホン、昭和4(1929)年10月、商品番号(レコード番号) 17323‐17324

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 劇作家・演劇研究者の中村吉蔵(1877-1941)作の社会劇。初代水谷八重子(1905-1979)24歳の録音。水谷は戦後の新派を支えた大女優だが、役者としてのスタートは義兄の水谷竹紫が関係した新劇の「芸術座」だった。このレコードでは運命に翻弄される曲馬団の花形猛獣使い花子を演じているが、「滝の白糸」の白糸、「十三夜」のおせき、「風流深川唄」のおせつなど後年の数多くの当たり役とは毛色の違う、若き日の演技は新鮮である。昭和初期の新劇資料としても貴重。

→『演劇 獅子に喰はれる女』を聴く

水谷八重子

初代水谷八重子 ―『獅子に喰はれる女』でのジャグラー花子
『劇と映画』1927, vol.5, no.4

水谷八重子

初代水谷八重子 ―『九官鳥』でのダンサー花子
『芝居とキネマ』1927, vol.4, no.1

7 演劇 白野弁十郎(一)~(六)/沢田正二郎、久松喜世子、中井哲、南吉太郎、二葉早苗、新国劇音楽部員:ビクター(戦前)、昭和3(1928)年6月、商品番号(レコード番号) 50345-50347

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 新国劇の沢田正二郎(1892-1929)のために額田六福が『シラノ・ド・ベルジュラック』を翻案した作品(翻訳・楠山正雄)。舞台は幕末から明治にかけての日本に移されている。歌舞伎・新派と新劇の中間を目指して大正6年に旗揚げされた新国劇だが、後にリアルな立廻りの乱闘劇で大衆の熱烈な支持を得た。しかし沢田の演劇の出発点は坪内逍遙の文芸協会附属演劇研究所で、その後芸術座を経て新国劇へ至った。この録音を聴くと〔6〕の水谷と共通した芸脈が感じられる。「歴音」に収録されている沢田のレコードとしては他に「富岡先生」があり、沢田以後の新国劇では「曲馬団の娘」「沓掛時次郎」「人生劇場(残侠篇)」「瞼の母」「(西南血史)故郷の山」が収録されている。

→『演劇 白野弁十郎』を聴く

8 映画劇 船頭小唄(枯すゝき劇)(一)~(六)/栗島すみ子、栗島狭衣、葛城文子:オリエント、大正12(1923)年7月、商品番号(レコード番号) 2586‐2588

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 映画がサイレントであった頃、観客は俳優の声を知らなかったが、大正10年台に入ると映画の出演者による「映画劇」のレコードが作られるようになる。これは当時松竹蒲田の大スターだった栗島すみ子(1902-1987)の初録音。「皆様、いつもスクリーンの中から陰の世界の訪れをする私が、今度初めて美妙な声の世界からご挨拶をする事になりました―」と、全6面の内の第1面を栗島自身による挨拶とあらすじの説明に費やしていて、映画スターの声が明らかになることが当時重大ニュースであったことを物語っている。「歴音」にはこれ以外にも「籠の鳥」「山中小唄」「金色夜叉」「夫婦」など多くの映画劇レコードが収録されている。

→『映画劇 船頭小唄(枯すゝき劇)』を聴く

9 お伽歌劇 目無し達磨(上)(下)/佐々紅華作、奥山貞吉編曲、二村定一、飯島綾子、外1名、コロムビア和洋合奏団:コロムビア(戦前)、昭和7(1932)年1月、商品番号(レコード番号) 26676

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 部屋で二人の少女が唄いながら遊んでいると、棚の上のだるまが話し出すところから物語が始まる音楽劇。「君恋し」「浪花小唄」「祇園小唄」等のヒットメーカーとして知られる佐々紅華(さっさこうか:1886-1961)が、東京蓄音器文芸部時代に初めて世に出した作品。本居長世の「だるまさん」に触発され作られたという。ほのぼのとした洒落っ気とスピード感で大人も楽しめるものになっている。「アハハッハッハ」と笑い声で唄を締めくくるところなど、後に佐々が深く関わる浅草オペラを思わせる。この録音は大正期の東京蓄音器のもののリメイク版で、後半にかなり手が加えられた。同じく佐々のヒット作「茶目子の一日」「毬ちゃんの絵本」も併せてお聴きいただきたい。

→『お伽歌劇 目無し達磨』を聴く

参考資料

  • 大西秀紀.歌舞伎SPレコード・ディスコグラフィ(戦前篇未定稿).歌舞伎 研究と批評.2007.38.29-67p
  • 東京朝日新聞.1943年4月29日朝刊
  • 丸井不二夫監修,岩井創造編.新派百年 俳優かがみ.私家本.1990
  • 大西秀紀.新派SPレコード・ディスコグラフィ(未定稿).歌舞伎 研究と批評.2009.43.53-74p
  • 沢田正二郎.苦闘の跡.柳蛙書房.1928.117-118p
  • 倉田喜弘.日本レコード文化史.東京書籍.1979.244-245,303p
  • 清島利典.日本ミュージカル事始め.刊行社.1982.21-30p

(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター・大西 秀紀・おおにし ひでのり)

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