音源紹介

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※本文中で紹介する音源は、国立国会図書館および歴史的音源配信提供参加館で聴くことができます。



「歴史的音源」で聴けるアイヌの芸能について

北海道博物館アイヌ民族文化研究センター・甲地利恵

(2020年1月14日掲載)

1 概説

 アイヌ民族が今日まで伝えてきた歌や口承文芸、踊り、楽器などの芸能は、近年は上演の機会も増えており、ご覧になったことがある方もいるだろう。
 明治時代以降、アイヌ民族とその文化をとりまく環境は大きく変化し、芸能の伝承や演目、様式も影響を被った。アイヌ民族の場合はいわゆる同化主義政策のもと、アイヌ語を用いたり伝統的な芸能を演じたりする機会が減っていったことも、そうした変化の大きな要因の一つである。その一方で、同胞が集まる儀式などの折に伝来の歌や踊りを演じる人や、日常生活でアイヌ語の歌を口ずさむ人も存在し続けた。また、観光地での上演という新たな機会を通じ伝承されてきた演目もある。

 さて、「歴史的音源」には、アイヌの芸能の音楽的特徴を知りその魅力を堪能できるレコード集が4つある。いずれも日本放送協会(以下「NHK」)が、出版や放送を念頭に置いて、戦後まもない時期に調査・録音を実施し制作したものだ。

収録地域

レコード集の主な収録地域
(現市町村名で記載)
赤…『第1集』 青…『第2集』

  • 『アイヌ歌謡集 第1集』(以下『第1集』)
    • SP盤26枚  レコード番号(商品番号):PR152~177
    • 録音:1947(昭和22)年  制作:1948(昭和23)年
    • 収録地域:旭川・帯広・平取・登別・釧路
  • 『アイヌ歌謡集 第2集』(以下『第2集』)
    • SP盤15枚  レコード番号(商品番号):PR360~374
    • 録音・制作:1948(昭和23)年
    • 収録地域:美幌・厚岸・名寄・長万部
  • 〔シリーズ名なし〕
    • SP盤4枚  レコード番号(商品番号):PR485~488
    • 録音・制作:1949(昭和24)年
    • *1949(昭和24)年にアイヌの芸能上演のため白老からの約20名が上京した際に、NHKが収録しレコード化したもの。
  • 『樺太アイヌ古謡』(以下『古謡』)
    • ビニコード盤(NHKが開発した準長時間SPレコード盤)21枚
    • レコード番号(商品番号):VC17~37
    • 録音:1951(昭和26)年  制作:1952(昭和27)年
    • *戦後、北海道への移住を余儀なくされた樺太(今のサハリン)出身のアイヌの人々が伝承する芸能を収録したもの。

 組織的体系的な事業としてのアイヌ音楽の収録は『第1集』が初めてといってよい。なお、『第1集』『第2集』『古謡』の調査・収録にはアイヌ語学者の知里真志保(1909-1961)が協力・帯同、各集の監修や解説書の執筆も行っている。

 これらレコード集は、今なお音楽をはじめとするアイヌ文化の伝承・学習・研究にとっての豊富な情報源となっている。戦後の混乱期に調査・収録・レコード盤制作を手がけた当時のNHKの担当者らと、収録の依頼に応じてその貴重な伝承を未来に向けて遺してくれた多くの演唱者らに、深く敬意を表したい。

2 音源紹介

 ここでは、アイヌの芸能についてなじみのない利用者の理解を助けるため、その音楽の特徴といくつかのジャンルを取り上げて概説し、該当する音源のうち主なものを挙げておく。

合唱の形式

 アイヌ音楽の特徴の一つに「ウコウㇰ」がある。これは、一つの旋律を1人〜数人で次々と追いかけるように何拍かずれて歌うものである。結果的に多声的な音響が生まれる。ウコウㇰの他には、複数の旋律を同時に歌う形式、先唱者が1フレーズ歌った後一同が繰返す音頭一同の形式、斉唱で行う形式などがある。

発声・音色

 「歴史的音源」では、収録当時の伝統的な技巧を用いたさまざまな演唱を聴くことができる。例えば、裏声と地声の素早い交代の連続、喉の奥で唸るような低音、高い音域で舌先を震わせる音、息の音が混じった声など、豊かな音色変化そのものが旋律を構成する重要な要素となる。

座り歌

シントコ

シントコ
儀式や酒宴に必要な道具の一つとして大事にされてきた漆塗りの容器。和人との交易などで入手したとされる。
(北海道博物館所蔵資料 022026)

 地域により呼び名はウポポ、ロㇰ ウポポなど。
 シントコと呼ばれる漆塗りの行器(ほかい)の蓋を床に置き、その周りに数名が円座し、蓋の縁を手で叩いて拍子を取りながら歌う。ウコウㇰで歌う場合が多いが、地域によっては音頭一同や斉唱で行うものもある。

輪踊り(輪踊り歌)

 地域により呼び名はリㇺセ、リㇺセ ウポポ、ウポポ、ホリッパ、ヘチリなど。
 一同が中心を向いて輪になり、時計回りに動きながら、手拍子とともに歌い踊る。掛け声的な短い言葉を短い旋律で、音頭一同の形式で繰返すものが多い。

祈り言葉・正式な挨拶

 儀式での祈りや正式の挨拶は伝統的に年配の男性が担当し、その言葉を旋律に乗せて語る。

子守歌

シンタ

赤子用のゆりかご(シンタ)
(北海道博物館所蔵資料 053179)

 地域により呼び名はイフンケ、イフㇺケ、イヨンノッカ、イヨンルイカなど。
 赤子を、背負ったり、シンタと呼ばれる揺り籠に寝かせたりして歌う。『第1集』『第2集』では舌先を震わせるrの連続音(ホロㇿセ)を挿入したり、アイヌ語で「眠りの揺り籠 下りろ下りろ」といった慣用的な歌詞で歌ったりするが、『古謡』での子守歌はもっぱら母音を連ねて歌っているなど、地域によっても異なる。

叙情歌

 地域により呼び名はヤイサマ、シノッチャなど。歌い手の体験や感情などを各人の節回しで歌うとされる。恋慕の情を歌うものを特にヤイカテカㇻ、悲嘆の情を歌うものを特にイヨハイオチㇱというところもある。
 いずれも「ヤイサマネナ」「アヨロロペ」などの掛け声のような言葉を繰返したり、アイヌ語で「鳥になりたい 風になりたい」などの慣用的な歌詞を歌ったりする。一人きりで気を晴らすために歌ったというエピソードも多く残されている一方、仲間で集まる時に手拍子で即興的に踊る曲もあるなど、内容や曲調は多様である。

口承文芸

 アイヌの口承文芸(物語)には大きく次の3種があり、呼び名は地域によって異なる。

  • ①神謡(カムイユカㇻ、オイナ、メノコユカㇻなど)
  • ②英雄叙事詩(ユカㇻ、サコㇿペ、ヤイラㇷ゚、ハウキなど)
  • ③散文説話(ウウェペケㇾ、トゥイタㇰ、トゥイタㇵなど)

 うち①②は旋律にのせて歌い語る。①は物語ごとに決まった折返し句が繰返し挿入され、神々が自ら語るという形で話が進む。②は少年英雄の武勇譚をはじめとする長編物語で、レㇷ゚ニという棒で拍子を打ちながら語る。周囲の聴き手は物語の区切りやクライマックスで合の手を入れる。③には①②のような旋律は付かず一定の抑揚で語り、聴き手も語りに合わせ相槌を打つともいわれる。「歴史的音源」ではその実際の様子を聴くことができる。

レクッカラ(レクㇷカラ)

 2人が両手でメガフォン状の形を作って共鳴腔にし、そこへ声や息音を掛合いで響かせ、さまざまな音響や旋律を形作る遊び。同様の遊びや音の使用はカナダのイヌイットや極東シベリアのチュクチなどの先住民族にもある。樺太アイヌのレクㇷカラの記録は極めて少なく、『古謡』での「レクッカラ」は、実際に2人が掛合いをしているところを聴ける稀少な音源である。

トンコリ

トンコリ

五弦琴(トンコリ)
(北海道博物館所蔵資料 023445)

 トンコリは、ツィター型の弦鳴楽器。5弦のものが最も多く、開放弦で演奏する。樺太アイヌの楽器とされるが、現在は地域によらず幅広く演奏されている。アイヌの楽器では、ムックリ(口琴)と並んで現在も演奏される機会が多い。
 アイヌの楽器は基本的に独奏だが、樺太ではトンコリと一緒に歌や踊りを行う場合もあることが知られている。『古謡』の「トンコリ・へチリ」はその一例。

〔参考文献〕

  • NHK「日本民謡大観」制作スタッフ(編). NHK民謡調査の記録 1939−1994 . 日本放送協会放送事業局データ情報部(発行)音楽之友社(制作), 1995, p. 17-23.
  • 甲地利恵. アイヌ音楽の音声資料―公刊されたアナログレコード盤―. 北海道博物館アイヌ民族文化研究センター研究紀要, 2018, 3, p. 73-116.
  • 甲地利恵. アイヌ音楽. 音楽之友社(編). 日本音楽基本用語辞典. 音楽之友社, 2007, p. 159-168.
  • 谷本一之. アイヌ絵を聴く 変容の民族音楽誌. 北海道大学図書刊行会, 2000.
  • 知里真志保. アイヌの歌謡 第1集. 日本放送協会, 1948.
  • 知里真志保. アイヌに伝承される歌舞詞曲に関する調査研究. 文化財保護委員会, 1960.
  • 日本放送協会(編). アイヌ伝統音楽. 日本放送出版協会, 1965.
  • 日本放送協会(編). アイヌの音楽. 日本放送協会放送業務局資料部音楽資料課, 1967.
  • 伴野有市郎. 戦後まもない頃のアイヌ歌謡のレコード. 参考書誌研究. 1986, 31, p. 71-74.
  • 伴野有市郎. 戦後間もない頃録音されたカラフト・アイヌの歌謡―NHK制作の準長時間SPレコード―. 参考書誌研究. 1991, 39, p. 84-86.
  • 北海道博物館アイヌ民族文化研究センター(編). ポン カンピソㇱ 7 芸能. 北海道博物館, 2001.
  • "アイヌ文化紹介小冊子『ポン カンピソㇱ』". 北海道博物館.
    http://www.hm.pref.hokkaido.lg.jp/study/ainu-culture/, (参照 2019-09-01)

(北海道博物館アイヌ民族文化研究センター・甲地 利恵・こうち りえ)

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